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名湯有馬温泉の歴史・文化に関する興味深い話や古写真などを、有馬温泉にある明治創業の土産物店吉高屋店主が趣くままに調べて紹介します。
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いよいよ桜の季節を迎えました。おすすめのスポットを歴史的な事も交えてご紹介しましょう。

「金の湯」の前の石柱には「日本第一神霊泉」と書いてありますが、有馬温泉は古来、湯治場であると共に信仰の場、霊場でした。狭い谷間に今も神社、古刹がたくさんあります。昔の人は人智では計り知れない摩訶不思議で治癒効果のあるお湯を素直に神仏のなせる業と考え尊んだのでしょう。また同時に、見物をしたり宴を楽しんだりして非日常を味わう場でもありました。湯治、信仰、見物、宴がワンセットになっていたようで、そのしたたかなバランス感覚に日本人の真骨頂を見る思いがします。

 桜はそんな有馬に無くてはならない存在(ある意味小道具)でした。満開の桜は非日常を演出しますし、静かに散りゆく花をみて諸行無常や潔さを説くといった宗教的側面もあるからです。江戸時代に入り世の中が平和になると、桜は一機に普及し川の土手などに植えられる様になりました。品種改良も進み、社寺なども好んで珍しい種を境内に植える様になりました。そんな歴史的背景から有馬は桜の名所になっていきました。
有馬では善福寺の糸桜が特に有名です。樹齢300年近い大木でそれぞれ高さも10m、幹回り2m以上もある4本の糸桜は毎年ライトアップされ今も私たちを夢幻の世界へ誘ってくれます。春の風に桜吹雪が一斉に舞う姿は見事で、一瞬にして悟りも得られそうな程ありがたい眺めです。
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(写真は善福寺の軒下からの眺め。)

 「有明桜」は名所鼓ケ滝のほとりにあったといわれる1本の山桜の巨木で、江戸時代初期1672年の「有馬私雨」以来数々の随筆や紀行文に登場する有名な伝説の桜なので紹介しておきましょう。鼓ケ滝は平安時代から知られていた有馬名所(927年の「日本惣国風土記」にすでに記録されている。)なので、後に僧呂か里人によって植えられたのかも知れません。温泉場からも遠いのに、わざわざいろんな身分の湯治客や地元の子供らまでが花の下に繰り出し、歌を詠んだり、酒を酌み交わしたり、時の経つのも忘れ夜が更けても賑やかな宴を楽しんだそうです。今となっては古い本の挿絵から想像するしかありません。
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(絵図は1685年「有馬山温泉小鑑」の挿絵。2本の有明桜の下に湯女、僧侶、侍、など様々な人間模様が楽しく描かれている。) 

  当初知られた頃には有明桜は仲良く並んで2本あったと伝えられています。1本は先に枯死したのでしょうが、残った方はさぞかし寂しかったろうと思わず感情移入してしまいました。先人たちは後世のためと有明桜を植え継ぎましたが、戦後すぐ、ついに途絶えてしまいました。1993年に鼓ケ滝公園内に新たに4代目の若い「有明桜」が植樹されましたが今度こそ長生きして、後の世の人を楽しませて欲しいものです。まだ若く、見事な桜の風景を期待すると少々がっかりかもしれませんが、そういった歴史的な背景を知った上で観に行くのも趣き深いのではないでしょうか。

 有馬川沿いのソメイヨシノは戦後に有馬温泉観光協会が植えたものですが、たくさんの桜並木が一斉に川面に向かって垂れ下がる姿は圧巻です。太閤橋から下流を眺めても、下流の公園橋から眺めてもすばらしく、その間の川沿いの道は「さくらの小径」と呼ばれています。吉高屋からもすぐの場所なのでお勧めです。
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(写真は公園橋からの眺め。)

  そのほかにも古刹が軒を連ねる寺町界隈や瑞宝寺公園への参道沿いのソメイヨシノや有馬ビューホテルの敷地内の各種の桜、時期的に少し遅れて咲く川崎重工泉郷荘の八重桜などがきれいです。また当店敷地内にある若い糸桜は善福寺様より子株を頂戴したもので小さいながら毎年花の数が増えており当店主にとって、楽しみの一つです。
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  情緒たっぷりの古い絵葉書(写真)の桜並木は、写真に写っている木造3階建ての旧兵衛旅館本館共々今はもう無く少々残念です。
(文中の歴史的な内容は郷土史研究家藤井清氏の著作を参考にさせていただきました。)
   
今年も桜に包まれた有馬の街をじっくりとご散策下さい。


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