

本多静六博士(本多静六記念館展示写真)
東京帝大教授で林学博士であった本多静六(1866~1952)は「日本の公園の父」と呼ばれ、日比谷公園や、神宮の森をはじめ日本の数多くの公園の設計や改良に携わりました。大学定年退官と同時に匿名で財産のほぼすべてを教育、公共の関係機関に寄付したことでも知られる偉人です。
有馬町長有井武之介と有馬鐡道社長山脇延吉がそんな博士の指導を仰ぐべく招聘したのは、有馬鐡道開通の翌年、大正5年11月14日の事でした。今回は書き起こされた講義録を覗き、当時に思いを馳せてみたいと思います。

大正4年(1915年)4月16日開業の有馬鐡道 三田に通じる有馬の玄関口となった。/span>
博士は、欧米の自然公園の趨勢や、良い自然公園の作り方の技術論を述べた後、あくまで今後の方針を定める参考にしてほしい事を断ったうえで、有馬温泉における具体的活性化案を語りました。
【世界の公園の趨勢】
公園は市民に新鮮な空気を提供する場で、家における窓。都市では神経をすり減らすことが増えたので、保養や運動のために静かな自然に接する大公園が必要だが、都市は石炭の煤煙の毒素で空気が汚れているので木も枯れてしまう。そこで、道路や交通の発達もあり、都市に近い山林を公園的に利用するようになっているのが欧米文明圏の大勢である。
(ヨーロッパの実例紹介で)
特にドイツのバーデンバーデンは温泉地で有馬温泉に似ている。街中に公園があるのではなく公園の中に街があるといってよい。街中の芝生はきれいに刈り込まれ路の両側に色とりどりの花が植え込まれている。車道は早朝落ち葉を掃き、埃が立たないよう馬が曳く散水車が行き来している。山中にもたくさんの保養施設やりっぱなホテルがある。山林の空気にはオゾンが含まれ、伝染病の菌を殺し丈夫になれるとの医者の説が信じられており、客は温泉よりも森林浴による空気療養に来ている。
面白いのはホテルが枯木、枯枝、落葉まで燃料にするために高く買うから、行政は町のメンテナンスにお金を掛けても赤字になっていないという。

公園の中に街があるようなバーデンバーデンの風景
日本でも東京や横浜の金持ちは日曜ごとに車で箱根に遊びに行く人も多くなり、別荘地や遊園地、小動物園ができ、山上まで車で行ける。他の地方も今や自動車道が普及しつつある。有馬でも現在の鉄道だけでなく、自動車の道路が発展するよう望む。
【良い自然公園とは】
●公園内は別天地を演出する必要があるから、通路と建物以外は人為的でなく天然に生えた様に見せる必要がある。場所に応じた適切な樹や下草を不規則に植え、単調にならないように変化をつける。樹を補植することで桜の名所や紅葉の名所を演出する。基調を破るような色の木を植えて彩を出す。浅瀬の石はあたかも自然な飛石のように配する。
●歩道は、勾配が多少あっても良いので、できるだけ曲がりくねっている方が、公園が広く見え、また歩く人同士も顔を刺さないし、陽光の向きに応じ色彩変化が生じ景色の単調を防ぐ効果もある。路が曲がるポイントには木を植えると良い。まっすぐの道を造らないといけない場合は単調を破るため、また先を見通せなくするために真ん中に大木を残し置き、根元に灌木を自然な様に添え置くか、大木が生えて無い場合は寄せ植えで藪を造ると良い。
公園の歩道は大体6尺幅と定められているが、車道と違い無理に一定にするのは良くない。また土木の人は往々にして道を通すために邪魔な木を伐りたがるが立派な木は道路を曲げてでも残し保護すべきである。歩道の橋は土橋又は丸木橋手摺も風流に造るのが良い。
●公園の入り口には大きくわかりやすい経路図を掲示する。眺望の良い所、老樹、名木、奇石、等見るべきポイントには説明板を立て、(ペンキを塗ったベンチではなく)枯木の株や自然石で元から在ったかのように腰掛を作ると客の滞在時間を長くできる。そういう場所をたくさん作る事で、滞在日数が増えていく事に繋がる。瀑布、清流までには行き易い道を造り、分かれ道には必ず道案内表示をする。また危険な所には必ず丈夫かつ風雅な手摺を作る必要がある。
●渓流に淵を造って魚類を繁殖させる。公園を禁猟区にしてキジ、ヤマドリ、鹿、サル、その他鳥獣を繁殖させ餌付けし人に馴れさせるのも良い。
●宿屋には公園の絵葉書や、案内人なしでも道を間違わず行けるようなパンフレットを完備しておく。それには1週間滞在しても楽しめる色んなコース案を盛りこんでおく。
●清水が飲め手足が洗える場所を設置し、衛生上の分析表や効能書きを明示しておく。また、要所に雨宿りのできる東屋を設ける。眺望の良い所には風景の邪魔にならぬようにセットバックして茶屋を設ける。
【有馬温泉活性化案】
《乗合自動車の開設》
鉄道が無い為、神戸から6里程の有馬に3時間近くも掛けて迂回しないと来られないから、神戸以西の客は城崎を利用している。有馬鐡道を神戸まで延長するか、電車新設が必要だが実現には時間がかかるので、差し当たり乗合自動車の開設が必要だ。10人~20人乗りにして屋根に荷物置き場を造り、荷物運搬を兼ねると良い。1時間で行ければ通勤客の需要もあるから採算が取れるだろう。そのためには県道の拡張が必要だ。
(因みに、有馬、三田間の乗合自動車は、先立つ明治38年に運行が開始された。有馬鐡道有馬駅からウツギ谷(いまの神戸電鉄有馬温泉駅付近)の間の県道にアスファルト舗装がされたのは大正12年3月31日。神戸有馬乗合自動車が有馬平野間に開業したのは大正14年、神有電車が開業したのは講演の7年後、昭和3年11月28日の事であった。)

神有電車は講演の7年後、昭和3年11月28日に開業。
《有馬を中心とした観光回遊コースの開設》(今回提案する新設備を含む)
大回遊コース(1日がかり)
●六甲山大回遊線(魚屋道→峠の茶屋→ゴルフ場→欧米人集落見物→樹齢400年の六甲大松→灰形山→落葉山→妙見山→有馬着)
●生瀬回遊線(徒歩又は人力車で十八町→船坂→座頭谷→生瀬→(汽車で)武田尾→三田(博物館、天神公園など観光)→有馬着)
中回遊コース(1日客向け)
●太鼓橋→温泉寺→鼓ケ滝→鳥地獄虫地獄→炭酸泉→瑞宝寺→丸山公園→つぶて橋(つぶては袂石の事であろう)→太鼓橋 (足強の者は徒歩、足弱の者は人力車利用*道路要改良)

温泉寺

鼓ケ滝

鳥地獄

炭酸泉源

瑞宝寺

円山公園の大黒池(今の古泉閣さんの敷地内)

袂石(つぶて石)
●(学生向け)太鼓橋→天然植物園→妙見寺→展望台→鼓ケ滝→鳥地獄虫地獄→稲荷山→射場山鹿林(新設)→ラジウム泉源→瑞宝寺→丸山公園→つぶて橋→太鼓橋

妙見寺(余田左橘右衛門の発願により明治39年に仮殿設置、大正9年に妙見堂が落成)

稲荷神社(明治37年に寺田町杉ケ谷天皇屋敷(舒明、孝徳両帝の行宮跡という)より遷座。)

六甲川上流のラジウム泉源

丸山公園のラジウム泉湧出地 こんぶ滝

町営ラジウム温泉(大正4年11月1日落成。インドサラセン近世様式混用洋館建)
中回遊コース(2・3日客向け)
●1日目:(午前)天然植物園→妙見寺→展望台→灰形山→鼓ケ滝→地獄谷→愛宕山→温泉寺→宿→(午後)市街、炭酸水見物
●2日目:(午前)稲荷山→鹿林→ラジウム泉源→瑞宝寺→丸山公園→つぶて橋→宿
(午後)市街、駅側に新設すべき花卉園、養魚池等
●3日目:足弱の者は前期行程を3日に分ける。足強の者は弁当持参で鼓ケ滝の上流四十滝
*中回遊コースの道路は人力車が通れるように改良すべし。
眺望の良い場所には広場を造り腰掛を置くべし。
すべての道路は排水に注意し危険個所には手すりを設けるべし。
断崖地は崖を崩さず桟道を造る方が風流である。
石垣は野種のある崩れ積みにし、当地に適当なツタ、イタビカズラ、テイカカズラ、ウルシヅタ等を纏わせて自然であるかの
ように見せる。
小回遊道路
眺望の良い山頂や奇石、怪岩等に行く為の3尺~5尺幅の小径を随所に設ける。
《新設備案》
●新道
①妙見山より鼓ケ滝に至る3尺~6尺幅の道
②鹿林からラジウム泉源を経て瑞宝寺に至る3尺~9尺幅の道
③六甲大松から落葉山に至る3尺~6尺幅の道
(六甲山や登山に詳しくない筆者は「六甲大松」という言葉は初めて聴きました。ネットで調べてみましたがヒットしたのは『昭和36年 6月15日六甲行者街道の大松(黒松)、県指定文化財に指定』というワードのみ。写真も見つからず。今もあるのかどうかも分かりません。)
●天然植物園
太鼓橋(今の太閤通りの突当り)より妙見山に上り鼓ケ滝に至る道の両側に設置する。
すでに60数種の樹木があるがさ、らに補植し樹種を記入したプレートを置く。登り道には常
緑樹、展望台より先には落葉樹を補植する。
●展望台
落葉山頂上天守跡付近に展望台をつくり、実際の方向どおりのパノラマ図や無料望遠鏡、外国人向けに記念帳を設置。パノラマ図を縮小した絵葉書も売る。
●鹿林
射場山約30町歩を7尺程の杭と上半分は有刺鉄線、下半分は金網で囲い、鹿林にする。当初は10町歩に雄鹿1頭、雌鹿2~3頭を奈良か宮島より分けてもらい、数年で10数頭になる。それ以上になると雄を捕殺し雄4~5頭に雌30頭位の割合に制限する。水は稲荷神社の用水の一部を引き、飲用、水浴用に供する。
●花卉(かき=草花)園、果樹園、外国樹種園、苗園
汽車駅前の1千坪を植木屋に貸して花卉、植木屋を営ませ、園内に四季の花を栽培せしめ鶴、猿等飼育し無料観覧させる。対岸の2千坪には柿、桃、ブドウ、ビワ、イチジクなどの果樹園を造り、一部外国樹種見本林を造る。桜、モミジなどの苗木を栽培し路傍樹用に供する。
●養魚池
花卉園の鉄道を挟んだ対面に3百坪の池を造り鯉、緋鯉、その他魚を養いボート、釣堀を営ませる。ただし鉄道の擁壁をコンクリートにする必要があり数千円掛るので、差し当たり新温泉(ラジウム温泉)の下方新道の上方の低地に養魚池と釣堀を造る。
●ラジウム水療場(外国人向け無料)
丸山公園乙倉谷現在の水浴場の建物の跡に幅7間、長さ7~8間のコンクリート製プールを造り、その下にも3~40坪のプールを設置。それぞれ水泳ができるようにする。上の池と下の池の間一面に滝を設置し、ラジウムの効果を高める。動員が軌道に乗ればさらに3段4段のプールを造る。茶屋、脱衣場を造り、水泳用さるまた、婦人浴衣のレンタルも行う。
●小学校内に図書館を設置し開放する。
●寺院に宝物を陳列するほか、歴史的な器物、動植物その他博物材料を集めて陳列し簡易博物館とする。
●愛宕山の公会堂に夏季講習会場としての設備を整えること。

明治35年に湯泉神社の有馬神苑会が愛宕山遊園地の経営を目論み有馬保勝会と改称。(総裁九鬼隆一会長田中芳男)
建替えにより不要となった温泉浴場の建物の譲与を受け始めは図書館としたが、後に公会堂として存続。写真は大正10年。手前に豊公遺愛と伝わる名跡「亀の手洗い鉢」が見える。)
●公衆トイレは鼓ケ滝、丸山公園の他に天然植物園中、鹿林付近その他必要箇所に設置。
●くず入れは竹、又は木製の籠箱を休息場の付近に置く。
●腰掛はなるべく多数置く事。ただし成るべく切り株や石など自然のものにする。
●休息場や雨の退避所として適当な所に東屋を設置する。
●将来、愛宕山または適当な場所を選んで音楽堂を設置すること。
●将来、大運動場を設ける必要があるが位置については時間が無く調査出来ていない。
●中野村の農家に牛、馬、鶏、羊、山羊、等を飼育してもらい実用動物園とする。牛乳や卵を廉価で販売してもらう。
《地域ごとの特徴付け》
古来松千本、紅葉千本、桜千本を植えれば名所となるといわれている。
有馬には多量の松があるから名所を作るのは容易である。
●落葉山=眺望と森林植物
●鼓ケ滝付近=滝と水と桜 (補植する場合は桜7分紅葉その他3分の割合。松は保存。)
●稲荷山鹿林より瑞宝寺にかけて=紅葉 (補植する場合は紅葉7分の割合。松は保存。)
●愛宕山=こぶし類(ホオノキ、タムシバ、オガタマ、モクレン)を補植してこぶしの名所となすべし。ツバキ、サザンカ、茶の類を混ぜるべし。
●円山公園=ハギ、ヤマブキ、ボケ等を植えるべし。
●妙見山山腹=ツツジを補植すべし。
●蛇谷、生瀬道、唐櫃道その他=松茸の繁殖を計るべし。
●生瀬街道に桜を補植して桜街道とするべし。
《各所の改良》
●有馬駅(桃源洞)から太鼓橋(太閤通り突当り)の道路改良。なるべく幅4間(約7m)以上に拡幅して車道と歩道を並木で分ける。現在の並木である山桜は本来山地の樹なので、車道の並木としては樹勢も不良で不向きである。成長の早い吉野桜を新たに植栽するのが良い。

太鼓橋付近。有馬駅開業の前年、大正4年1月から道路脇の河川改修工事が始まり、大正5年2月に完工した。
●妙見山登り口が見つけにくいので鳥居を前方の見えやすい所に出すこと。
●社寺、邸宅等の人工的な石垣や川沿いの鉄の欄干にも蔦やかずら類をまとわせて隠すこと。
●滝の付近の一帯の山を特に厳重なる禁伐にして人跡不入の地となすこと

鼓ケ滝上流には夫婦滝があり、かつては鼓ケ滝横から登れ見物できたが、現在は行く事が出来なくなっており、図らずも人跡不入の地となっている。
●市街地から見える山のポイントとなる場所に紅葉樹を補植すること。
特に灰形山、鉄砲山、射場山の高所や突端には紅葉樹や山桜類を2~3、5~6株寄せて塊状に植えること。
●由緒ある大桜の道には同種の桜の後継ぎを補植すること。

鼓ケ滝近くの有明桜は山桜の大木で名所の一つだった。
《結論》
元来温泉は治療場だが、病院とは異なり病人らしく取り扱わないから精神的に良い。
だが湯に入って食って寝るだけではかえって健康に悪く、そんな場所は欧米にはない。
その点有馬は散歩に出ると天然の坂道も多く運動も森林浴もできるから大いに治療
の効果があがり自然と健康になれる。温泉は朝夕2度にしてあとは山巡りをして健康
を増進せしむるように呼び掛ける必要がある。今回の諸策はこの点でも有益であると信じる。
(読後感想)今に通じるアイデアもあれば、現代人から見ると、“とんでも案”に見えるアイデアも混在している様に感じました。徒歩で“六甲山大回遊線”を回るのは交通機関の発達してしまった現代の人には相当きつそうです。電車の開通のように時代の流れで実現した事もあれば、鹿林のように実現しなかった事もあります。もし色々実現していたらどんな有馬温泉になっていたのでしょう。興味は尽きません。有馬温泉では現在、今後の有馬温泉のあるべき姿をマスタープランにまとめ、いかに実行していくかをまさに議論している所ですが、健康増進の場づくりを呼び掛ける博士の熱い思いが、何らかの新たな形で結実できたら良いなと思いました。
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