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有馬温泉 タイム・スリップ その3 エントランス(有馬川沿い)の移り変わり

ここでは、「有馬温泉 タイム・スリップ その3 エントランス(有馬川沿い)の移り変わり」 に関する記事を紹介しています。
今回は有馬温泉の玄関口の有馬川沿いの移り変わりを見てみようと思います。
有馬川沿い
 さてこの写真は前回の夢二の見た大正初期のものですね。この後どんな風に変わって行き今日に繋がっているのでしょう。
有馬川沿い
この絵葉書は大正後期頃です。護岸工事がより進んでいるように見えます。
 現在有馬御苑の場所の石垣も変わっていますし別荘と思われる建物も2階建ての大きな物になっています。中の坊の建物も大きくなっています。

有馬川沿い
昭和初期と思われます。
 街灯はガス灯でしょうか。画面中央辺り遠くに見える木がかなり大きくなっているのがわかります。道路沿いの手すりが無くなり石造りの壁面になっています。六甲川と滝川の合流点、さど屋の手前に「赤橋」が架かっています。これは後の昭和12年の阪神大風水害で消滅します。(現在はまた「ねね橋」として橋が復活していますね。)
有馬温泉俯瞰写真
この絵葉書も昭和初期です。
 「赤橋」(高橋とも)が架かっていますから、水害前です。神有電車駅前の吉高屋はアールデコ調の壁面の木造モルタル造りに変わっています。上流側に隣接の日本家屋も吉高屋ですが、例の水害で倒壊し、消滅してしまいました。 

有馬川沿い
昭和20年代頃
阪神大風水害後の護岸工事で、石垣はほぼ現在の形の様です。
有馬川沿い 同じく昭和20年代頃
良く見ると可愛らしいランドセルの子供たちの楽しそうな下校姿が写っています。川沿いには、植えられたばかりの桜や柳の若い木が並んでいます。

昭和30年代の有馬温泉
昭和30年代
満開の桜並木。手すりも木調のモルタルで、雰囲気があります。やっぱり木のある風景っていいですね。それだけで癒されます。
夜の有馬温泉
昭和40年頃
効果的な撮影もあってか、ずいぶん賑わっていそうな雰囲気ですね。いったい何時頃なんでしょう。
昭和の有馬温泉
昭和40年代
この頃になると一気にビルが建ち始めます。そういう時代だったのですね。

現在の有馬温泉太閤橋
そして現代。
昨年の桜祭りの様子です。太古橋も「太閤橋」に変更され3車線もあるずいぶん立派な橋に成りました。先人の試行錯誤、積み重ねの上にそして何よりお越しいただいたお客様のお陰で今の有馬温泉の姿があります。明日の有馬温泉がより良い姿でお客様をお迎え出来ますように。がんばります。
では又、違った切り口で。
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